相手の気持ちを知りたいから言葉が欲しいという人がいる。
その言葉をもらっても、今度はそれが真意なのか疑う。
言葉はきっと重いんだけど、その重みとやらはどこぞへ?
謝罪を求める者が言葉を聞きたいのは当然で
それで、謝罪の言葉を紙を見て読むのは、もはや言葉として存在してない。
私の友人で一番人間的に優しいヤツだなと思うのがいますが、
一番、ぶっきらぼう。むしろ余計なことは言わない。
生きていく中で、ここは絶対に何か言わなくちゃいけないという
ポイントとなるところがあると思うんだけど、その友人は
そんな時、むしろはっきりと発言したり、励ましたり、切り開く言葉をいう。
言葉とはそうありたい。
「ありがとう」。「ありがとうございました」。
これも当然のように使われてるけれど
両者の間で連呼するたびに、その言葉自体が腐っていくような感覚がする。
この結びがないと「あれ?なんか足んない」感じがするだけの。
とりあえず感。
そういう私も今日も「お疲れさまでした〜」とかなんとか
言っちゃってすましてる訳です。
どうにかこれに近い言葉を探してやろうと
感謝の意をどう言うか?模索中です。
でも歌の終わりにはやっぱり「ありがとうございました」と言う(笑)
このシンプルな言葉。
なんだかね。
歌の終わりはこのシンプルな言葉が似合うし、嘘がない感じで言えます。
なぜか。

短いっ!