私は亡くなった祖父を尊敬している。
祖父は町内でも会社においても、家族や兄弟においても、
皆に慕われ頼りされていた。
認められた存在として、いつもいた。
父親としても、仕事もまじめ
夜中に起きて子供達に布団をかけなおしてやったり、
新聞をくくったり、あまり笑えなかったけど、
孫の私に冗談も言ったり
最高の人間性を持っていたと思う。
晩年、祖父と祖母、孫も含めた大家族たちで温泉に出かけたこと
がある。
祖母はすでに初期の痴呆症であったが、
あまり普段会えない私や姉と話すと緊張感が戻るのか、
普通の感覚に戻って話しをしてくれた。
驚いたのは、祖母から「寂しい」と言う言葉が出てきたことだ。
「なぜ?」
あんなに良い祖父が近くにいて、一体、何が不服と言うの?
「お父さんが良い人間だってわかってる。皆に優しいのもわかって
る。でも私はその横でずっと寂しかった」
みんなに愛を注げられる人はあまりいない。
だけど、その人の隣人は「相手にとってのたった一人の人間」を感じられずに
実はとても不安で寂しいのかもしれない。
部下には横柄な態度しかできない上司が
家族だけは守ってる・・、そんな風な感じの方が実はいいのかな?
世の中だの、世界平和だの、広く考えられる人間は
その能力を支える小さな犠牲の上に
成り立ってるのかもしれない。
数年後、すっかり寝たきりになった祖母を
「ごめんね」とでも言うように、祖父は愛情を持って看病していた。
祖母は感じていただろうか?

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